現役塾講師の教育さまざまブログ

現役塾講師が日々思っていることを様々綴ります。

手がぁ~

やってしまいました。

毎日の終業後に机の拭き掃除をするんです。業務用の、アルコールの強い界面活性剤入りの洗浄剤を使って拭くんですが、掃除中に電話がかかってきたんですね。掃除をいったん中断。

保護者からの電話だったので数分しゃべって、そのままカルテをパソコンに書き込んでほかの職員に情報共有して、なんていうことをやっていたら30~40分使ってしまったでしょうか。それがいけなかった。

洗浄剤が手についたそのまま放置状態で何十分も過ごしてしまったため、手の甲についていたであろう洗浄剤で皮膚に大ダメージ。

手の甲が真っ赤に腫れ上がってしまいまして、痛い&痒い。さらに悪いことに利き手なので目立つ。ホワイトボードを書くときカッコ悪い。パッと見、ヤケドしてるような感じです。

 

たまーにやっちゃうんですよねこれ。3日くらいは治らないです。すぐ手を洗えば良かったんですが。うっかり放置したのがいけなかった。

というか本当は手袋を使うべきなんでしょうが、掃除中にたまに保護者がやってきたりとか生徒がまだ残っていたりとかあるので、手袋を使っていたらそんな劇薬で机を掃除しているのかっていう印象になってしまうので、あと今回みたいに途中に電話対応しないといけない場合もあるので、本当に全員塾内から誰もいなくなったときにゆっくり作業できるときくらいしか実質使えないんです。

 

今日はオロナインでも塗って、なるべく触らないようにして寝よう。

学校の先生と塾講師の授業の作り方の違い

これはこれから学校の先生になろうとしている、バイトの学生塾講師にぜひ知っておいてもらいたい感覚です。

私はかつて学校の教師もやっていたことがありますので、よく違いを知っています。

 

学校の授業と塾の授業の作り方の差、それは、

教えること:生徒に考えてもらうこと

この割合が、

学校の場合は2:8くらい塾の場合は4:6くらいの感覚だということです。

 

何を言っているのかというと、学校は生徒が主体的に考えることが求められているという点です。学校教育は「人間形成」が最大の教育目標となっています。授業をやる際にも、先生が教える内容は最低限、残りは生徒が主体的に考えるというのが良い授業の条件です。そのため体感で2:8です。

一方、塾では成績を引き上げることが第一ですので、先生が教えて良い割合はだいたい学校の倍くらいということになります。でも生徒がきちんとできるようになるためには問題を解く演習の時間はきちんととる必要があることになります。生徒に任せる時間を少々多くとりながらも講師がばっちり教える、その感覚が4:6ということになるわけです。

 

これ、実際に教えたことがないと何を言っているのかよくわからないと思います。感覚的な部分ですので。

 

もっとわかりやすく言うなら、もし崖の下に生徒がいた場合、下からお尻を支えて上に押してやるのが学校の先生、崖の上にいてそこからロープを垂らして引っ張り上げてやるのが塾講師、って感じですかね。

 

これ、本当に感覚の部分の話です。でもこの感覚がうまく掴めて実践できれば、授業の質や生徒の食いつき方が劇的に変わります。

将来的に学校の先生を目指している方はご参考までに。

朝型であるべきか、夜型であるべきか

どっちでも良いと思います。朝型の人は朝早めに起きて勉強すれば良いですし、夜型の人は夜中に勉強すれば良いと思います。

人によってどっちが向いているかなんてそれぞれですからね。それに合った学習の習慣をつけていけば良いだけの話です。

 

ただ、塾通いをする場合は夜型の方が向いていますよね。平日の塾の授業って夜じゃないですか。小学生であっても夕方。夜に頭が冴えていた方が有利ということになります。

でも入試や模試となると、朝ですよね。だいたい午前中から試験が始まって、昼をまたいで夕方前に終わるわけで。そうなると朝型の方が良いということになります。

 

そう考えると、朝型と夜型をスイッチできる人が勉強で有利ということになります。

これって実は、食生活や睡眠によってどうとでもなります。

 

私は塾講師ですが、朝に授業をやらなければならない日と夜中まで授業をやらないといけない日では、前日の過ごし方を変えます。

コツは昼食ですかね。早めに摂るか遅めに摂るかで、今度は夕飯を食べる時間も変わります。すると早めに眠気がくるか遅めに眠気がくるかをある程度コントロールできます。

食って大切で、体のリズムを作ります。エネルギーをいつ摂るかということです。そのエネルギーが切れるときが眠気が訪れる瞬間なわけですから、それをどのタイミングに持ってくるかを意識すれば良いというわけです。

食のタイミングと、あとは量ですかね。これが翌日好きなタイミングでベストを作る決め手だと思います。

 

学生のうちにいろいろやってみると良いと思います。私の場合、中学生のとき自分は1日何時間睡眠で体が耐えられるのかとか、食がどう勉強の集中力に影響するかとか、いろいろ試してやってましたよ。量とかタイミングとか、中2くらいのときにずーっと実験的にやっていました。

入試を控えている人は、ベストなタイミングを自分でいろいろ探してみましょう。

最近調べて知ったことで草

インターネット上で「草」ってあるじゃないですか。ちょっと前までは「w」って書かれていたものです。笑う表現を端的に表したやつです。だいたい文末表現で使うやつ。いわゆるネットスラング

なんだか言語学だかをやっている大学教授が「笑い」の頭文字が簡略化されたものが発展した、なんていう説明をしているそうですが、本当か? と思いまして、独自にルーツをいろいろと調べていたのですが、面白いことがわかりました。

ちなみに真実は「笑い」の頭文字ではありません。その大学教授、由来間違っています。

 

インターネットで電子掲示板が出来はじめたのは1990年代後半です。この頃は顔文字や絵文字もまだなかった時代です。「!」や「?」などの基本的なマークはありましたが、「ハートマーク」がありませんでした。今じゃ考えられないですけれどもね。

これは欧米の文化なのですが、そのハートマークを「v」で代用していたんです。形がそれっぽいですから。

これが日本の電子掲示板でも使われ始めたのですが、vがハートマークの代用だとわからない人々が続出、さらにvは煽りの文末で使われることが多かったため、いつの間にかvは煽りマークとして定着してしまったのでした。

またvは「vvv」といったようにいくつか並べて使うことが多かったため、いつしかこれを「www」などと「w」を使って書く文化へと変わっていったのでした。

 

すると今度は、「w」を「笑う」の頭文字と勘違いして使う人々が続出、かの大学教授のような間違いが広まっていったのでした。そしてその形状から「www」は「草」や「草原」として呼称されるようになり、とうとう「草」という表現そのものが笑いや煽りを表す表現として定着し今に至る、という過程です。

 

元はハートマークの代用だったものが、今や「草」です。

インターネットの流行は流動性が激しいとされていますが、まさにこれが好例だと思います。

勘違いが勘違いを生んでて草。

先生は生徒の顔と名前、全員を覚えている?

覚えています。自分の関わる生徒は顔と名前を全員覚えています。

学校の先生の場合は良いですよね、クラスごとに生徒の名簿がありますから。だいたいコピーが束になって職員室の専用の棚に入っています。先生だったらたぶんほかのクラスの名簿も手にできて、必要なら覚えることができます。

塾の場合も名簿があるにはあるのですが基本的には紙媒体だと出席簿という形です。自分の担当するクラスはそれを見られますがその他はあんまり見る機会がありません。データですとCRM(顧客管理情報システム)がありますのでそれを見ることはできますが、最近はプライバシー厳守のところが多いですから正社員しか見られないとか、データでは見られますが印刷ができないようになっているとか、そういうふうな管理のされ方をしています。所属生徒全員を見る方法は塾の上層部の人しか持っていないんじゃないでしょうかね。

 

ですが生徒と関わりを持たなければならない職業であるため、ちょっとした声かけなどを通して生徒の顔と名前を一致させます。コロナ禍があってからというもの、まだほとんどの生徒がマスクをしていますから、目元だけで判断することになるので昔よりも難しくなっています。

 

すげー、先生って記憶力良いな!

って思うかもしれませんが、そういうわけでもありません。現在進行形で関わっている生徒は全員覚えていますが、私の場合ですと2年も会う機会や思い出す機会がなければ記憶からすべて抹消になってしまいます。もちろんずーっと覚えたままの先生もいるかもしれませんが、やっぱり関わる機会がなくなると忘れるんですよ。

あと子どもの場合、成長すると全然顔が違ってしまう場合がありますよね。特に女の子の場合は化粧を覚えると雰囲気そのものが違ってしまう、そういう場合はどんなに覚えていても、たぶん町の中で偶然会ったとしても、わからないと思います。

 

要は、仕事を円滑に進める上で必要だから覚えているっていうだけなんです。そのため忘れる速度も速いです。

ですので、もし何年かぶりに久しぶりに偶然に町の中でばったり会った場合は、名前を名乗ってもらえるとありがたいです。名乗られてもわからないかもしれません、おそらく忘れていますので。

古文の古今異義語、どうやって覚えたらいいか

今は意味が違ってしまった言葉や、そもそも使われなくなってしまった言葉、古文でよく出てきますがそれを古今異義語といいます。

だいたい意味が似通っているものは覚えやすいですが、それ以外はどうやって覚えたら良いのでしょうか。

 

由来を知っておくと解決してしまうものがいくつかあります。

例えば、「いと」という言葉があります。「大変」「とても」「非常に」の意味がありますが、これの由来は「いたく」です。今でも「いたく心に染みる」みたく使いますよね。それが昔は「いと」という言い方だったということです。

「ありがたし」という言葉は「めったにない」という意味ですが、漢字を当てると「有り難し」です。有ることが難しい、なかなかない、だから「めったにない」という意味です。

「げに」も「本当に」という意味ですが漢字を当てれば「実に」で「げに」と読みますし、「あやし」も「並々ではない」という意味ですが今でも「あやかし」というと化け物の類を指しますので「並々ではない」ものを指す、という感じで覚えられます。

こんなふうに、なぜ今の意味ができあがったのかを確認しますと、ほぼ解決してしまうものがけっこうあるものです。

 

中1だと実力テストなどではまだ現代語訳が必ず古文のとなりにある時期ですが、中2になるともう古文と注釈だけで解く時期ですよね。

入試などでも必要な知識となるので、頻出の古今異義語はしっかりマスターしてしまいましょう。

私の考える「天才」とは

私、けっこう明確に天才の定義を持っています。

ずばり、自己流がある特定の分野でうっかり高い成績や結果に結びついてしまった人です。

天才って結局のところ偶然の産物です。その分野だけは強いですが、ほかはからきし駄目という場合が多いと思います。土俵が違うと凡人かそれ以下というのが天才であることの性質と特徴です。ある意味天才は社会不適合者です。

 

勉強の分野は天才が出やすいです。なぜなら、勉強の内容って多岐ですから。でもやっぱりその1分野だけが強いっていう人ばっかりです。

それって大学とか専門学校とかだったら良いんですが、小中学校では総合力が求められます。小中学生で天才っていうのは逆に駄目ですね。総合的な能力が高いことが良いことなんです。1つだけとんでもないレベルでできたところでそれは評価されません。まぁ昔と違って今は多少はそれでも評価に繋がるようになってきましたけれどもね。というか、年少なのにそれを評価するのが正しいのかという議論の余地もある気がします。

入試の場合は、一般入試の場合ですけれども、やっぱり、センスだけで突破しましたとか、努力しなかったけれど大丈夫でしたっていうのはほぼないと思います。入試は結局、努力した者が勝つような仕組みです。

 

ですから、入試を突破したい場合は、やっぱり継続的に計画的に努力することが大切だということです。天才なんていうのはしょせん特定の能力に優れているだけなんですから、努力が実を結べば天才なんてやっつけられます。

国語のノートの取り方 なぜ縦書きが推奨されている?

たまに大学ノートを使って横書きにノートをとっている生徒がいるんですよ。でも国語って縦書きじゃないですか。あんまり良くないなぁと思って注意するんですね。

でもなぜ国語は縦書きでないといけないのか。

それは日本語の文字の特性と、読む目の動きですね。

まず日本語の特性として、漢字も仮名も縦書きに適しています。そもそも筆から始まったわけで、縦に書いていくのがルールだったわけです。それを国語でも、硬筆であっても再現するわけです。やっぱり縦の方が書きやすいはずです。

そして縦書きは読むときに、「精読」に適しているとされています。人間は縦より横の方が視野が広いですから横幅を広くとってしまいます。テレビなんかも横の比率が大きいのはそういう理由です。すると、横に端から端まで読んで次の行へ、という目の動きが、意外と負担になるんです。距離が縦よりも横の方が長いわけなので。

縦だと素早く次の行へ目をやることができるので、だから縦書きが精読の型なんですね。

 

というわけで国語はノートも縦書きが良いわけです。

ここで問題が。小学生くらいだったら縦書き専用のノートを売っていますけれども、中学生になって大学ノートを使うようになると、縦書きのものというのがあんまり売っていないんですよね。

 

大学ノートを使う場合は垂直に使い縦書きしましょう。90度傾けるわけです。

あるいは、あんまり店頭では見かけませんが文具専門店などに行くとツバメノートとかキャンパスノートとかの大手では縦書き専用のノートも取り扱っていますから、それを購入するのも良いかもしれません。

あるいは方眼ノートという手もあります。

 

まぁなんにせよ、国語は縦書き、これは守った方が良い勉強ができます。

最近イライラしたこと

まぁイライラしても態度や顔には表すわけにはいかないんですけれども。でもそれはさすがにないだろうっていう出来事がありました。

中3です。もうこの時期は入試過去問をバシバシ使って私立高校の対策を行わなければいけないわけなんです。授業の空き時間に実施状況を確認するから解答用紙を提出しなさい、っていうのを10月はじめ頃に言っていたんですね。いろいろ間違えた箇所を分析してその対処法や学習方法を教えたいですから。

それがずーっと持ってこない。言えども待てども持ってこない。あなたは来ない。

で、そろそろちゃんと確認しないとまずい時期ですから、しびれを切らして保護者の方にも連絡を取って、お子さんに持たせてくださいっていう電話をしたんですね。

そしたら

「え? 過去問集まだ買ってないんですけど、やるんですか?」

 

ええええーーーー

そりゃーないわ。本当にないわ。

だったら生徒に声をかけたときになんでそれを生徒は言わなかったんですか? 「忘れてましたぁ~」みたいに言ってましたよ? 何度も何度も声をかけているんですが? というかもう今過去問を始めていなかったら時期的にアウトなんですけれども? 三者残塁コールドゲームですよ?

それに保護者にだって2か月に1回ペースで保護者会とセミナーをやっているんですが。どういうタイミングでどうやって過去問を使って、どうやって塾側で確認していくか全部お話して理解してもらっているはずなわけなんですけれども。

学校でだって私立高校入試の出願に向けた面談が終わったタイミングですし、学校の先生だって成績会議とか調査書作成とかでめっちゃ動いている時期のはずですよ? 授業内容もだんだん受験にシフトしていっている時期のはずです。

 

何にもわかっていない。何も理解できていない。どうすれば勉強ができるようになるのかそもそも考えてもいない。

親が親なら子も子です。

だいたいこういうご家庭の生徒は、落ちます。まともに人の話がわからない、伝わらない、そして学習方法もわかっていないのでは、受かる要素がないんです。一体何のために塾に通っているんですかね。本当にわけがわかりません。

とりあえず今すぐ過去問集を購入してくださいとお願いして、まず1年分やってもらうようお願いしたのですが、果たしてやってくるのかどうか。

まだ確認できていないですが、たぶんまた「忘れていましたぁ~」とかって結局やってこないパターンです。で、入試のギリギリ直前とかにやり始めて、全然解けないって泣きついてくるまでがセットです。もうだいたいわかるんですそういうの。だてに何十年も教えているわけではないですから。

こういう方って、高校は行かない方が良いんじゃないですかね。高校に受かったとしても、高校生は自主的にどんどん学習できなければガンガン成績が落ちますから。専門学校とかに行ってやりたいことをやった方が良いです。

 

でも、こういう方って毎年1人か2人は出るんです。信じられないかもしれませんがそれが現実です。あんまりこういうことは書くべきではないですが、親子そろいもそろってマジのアホっているんです。救いようがないほどの。

塾講師をやっているとこういうのがしんどいです。成績を上げてやるんだ! これを教えるんだ! とどれだけ前向きに考えても、心をへし折ってくる輩が必ず出てくるんです。

 

塾講師をこれからやろうと考えている方がいましたら、塾講師はこういうのも相手しなければならないというのも念頭に置いていただきたいです。やる気に満ちあふれた生徒なんてけっこう一握りなもんです。その一握りのやる気ある生徒に救われて、頑張れるんですけれどもね。

塾講師になろうと思ったきっかけは?

私ははじめから塾講師になろうと思っていたわけではなくて、学校の先生を目指していました。あるいは研究職。

たぶんこのパターン多いんじゃないですかね。学校の先生を目指していて、大学時代に塾講師で場数を積もうとしてバイトして、その流れのままこの職場良いなとなっていくパターン。そのまんまの流れで入社試験を受けて研修受けて、みたいな。バイトからの積み重ねがあると給料も少し上乗せされますし。

でも私の場合、流れはそうじゃないんですよ。

 

いろいろな教科を教えたくて、はじめ小学校の先生になろうと思っていましたが、学校の先生って本当に教科以外の仕事が多いんですね。実は常勤で何年か働いていた時代がありまして、学校の現場の実態はよく知っているつもりです。

で、あるときふと気づいたわけです。学校は人間形成を目標にして運営されているわけです。だから学習だけではなくて掃除の時間や給食の時間、そして学級の時間や遊びの時間もすべて教育なんです。

その考え方はもちろん受け入れられるのですが、自分のやりたいこととどうしても乖離を感じてしまって、それじゃあ教科だけを専門に教える仕事、そうだ、塾講師だ! となっていったわけです。

 

私の場合は先生になりたいという目標のほか、研究職もやりたいと元からぼんやりと考えていたのが塾講師になったもっとも大きな理由です。教材の研究や入試問題の研究、そういった学習に関することをいろいろ個人的に突き詰めて、それが塾講師の仕事に活かされる、そして授業までできる。最高の条件だなと思います。

さらにはもともと趣味レベルだったデザインとか造形とか、そういうのも保護者や生徒向けにプリントやポスターなどを作るときに活かされるんです。

私にとって塾講師は、いちばん私の能力が活かせる場だと思っています。

 

ほかの塾講師の方はどういった理由で塾講師をやっているんですかね? あんまりそういうのって同僚にずかずか気軽に聞けることではないので、気になる部分ではあります。

はじめから塾講師になりたくて塾講師をやっている人っているんですかね? あんまりいないような気がします。