「栃」という漢字が使われる場面は極端に少ないです。ぱっと思い浮かぶのだけでも、植物としての「栃(トチノキ)」「栃の木(トチノキ)」、あと地名としての「栃木県」や「栃木市」くらいのもので、ほかにこの漢字が活躍する機会は日常にはほぼありません。
無理矢理に音読みすると「レイ」と読むそうですが、それを使う機会はないに等しいです。
この「栃」という漢字、木の名前と関係するので左側の「きへん」はもちろんわかるのですが、なぜ右側がこの形をしているのか、語源や由来がよくわかっていません。読みがなんで「トチ」なのかも不明。読みが先でトチノキとなったのか、トチノキの存在が確認されたのが先で後で漢字ができたのか、それも不明。
いちおう国字、つまり日本発祥の漢字であるということは確かなのですが、それ以外は謎に包まれた漢字です。明治時代以前に存在していた漢字ではあるそうです。
「ち」という発音から「千」が想起され、「いっぱい」という意味からそれを超えた「万」の形を洒落で文字に混ぜたというのはなんとなくですがわかってはいるそうですが。
ここでふと気になったと思います。では地名としての「栃木」は明治時代初期頃やそれより前は一体どういう表記だったのか?
下野国という呼ばれ方をしていたというのはそれとして、トチギという地名はずっとあったそうです。そのときの書き方は、実は「橡木」、あるいはその「橡」の字を省略した「杤木」と書いて「とちぎ」でした。
明治初期に廃藩置県が行われましたが、初代の「とちぎ」は正式に「橡木」だったのです。(※文字環境の違いで正しく表示されない方は申し訳ありません。)
その後あんまり「橡」を書く人がおらず、「杤」やら「枋」やら「栃」やら、書き方がマチマチなのはいかんということで、1872年~79年にかけ正式に二代目の正式表記である「栃木」へと変わりました。きちんと通達が出されて変わったのだそうです。
そう、今の「栃木」の表記は二代目の正式な表記なのです。
なんか不思議ですよね。
というかこういう事実って栃木の方はきちんと知っているものなのでしょうか。子どものうちに郷土史とかで何かやりそうではありますけれども。