現役塾講師の教育さまざまブログ

現役塾講師が日々思っていることを様々綴ります。

流行語からみる日本語衰退の歴史

流行語。その時代時代に様々な人々が興味・関心を寄せた言葉です。世相を反映し、その時代がどのようなものだったのかを考える上で重要な手がかりになりますし、当時の日本人の情操を知ることができます。

現在の新語・流行語大賞は1984年からですが、歴史的にはもっと古くからその概念は存在します。

和歌集というものがありますが、当時流行した和歌を集めたものです。流行語というか、流行歌というべきかもしれませんが、そう考えると奈良時代や平安時代、つまり日本語が形作られたときからすでに日本人は流行を言葉として捉えていたということになります。昔から日本人ってそういうところがあるんです。

 

名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと

古今和歌集に収録されている在原業平の和歌です。都からはるばる旅してきて名も知らぬ土地を移動しており、川を渡っていたときに見知らぬ鳥が姿を現します。船頭に聞いたところ「ミヤコドリ」という名の鳥であることを伝えられると、故郷の都の人々を思い出して皆泣いてしまった、というストーリーの中で出てくる和歌です。

背景を知っているとさらに意味がよくわかる和歌ですが、この和歌単体で見たとしても故郷を想う心が伝わってきます。まさに名歌と呼ぶべき作品です。

 

春の夜の闇はあやなし梅の花 色こそ見えね香やはかくるる

こちらは新古今和歌集に収録されている式子内親王の和歌です。春の夜、姿は見えないがその香りから梅の花が咲き誇っていることを示す粋な表現です。「こそ~ね」「か」という係り結びが2箇所も使われており、さすがは鎌倉時代、高度なテクニックが満載の和歌となっています。

 

さて時代は飛んで大正時代。

平民宰相

1918年、政府の度重なる失策のためにようやく選挙で選ばれた内閣総理大臣が就任した年です。原敬ですね。

こちらは当時の新聞などで書かれ、大正デモクラシーを代表する流行語となっています。さらに様々な派生語も誕生し、「平民酒場」「平民食堂」など、「平民〇〇」という呼び名が大流行しました。

 

そして昭和時代。

バカヤロー解散

ハイ、まさかの暴言です。1953年の衆議院解散のときの吉田茂元首相の言葉です。質疑応答中に敵対する西村栄一に対して放った言葉で、マイクが拾ってしまっていました。当時としては国会質疑での暴言はとんでもないことで、非礼であるとして大炎上する事態になりました。懲罰委員会まで動く事態となりましたが解散してしまったので懲罰は未遂。歴史に残る一句となっています。

 

続いて平成。

だっちゅーの

もはや語尾です。主語も述語もありません。1998年、お笑いコンビ・パイレーツが時折放っていた伝説のギャグです。

品詞に分解すると断定の助動詞「だ」に、「と」「いう」の助詞と補助動詞の2語を混成した「ちゅー」、そして終助詞の「の」です。最後の「の」は終助詞の場合主に疑問を意味しますが、この場合は説明、理由、確認など様々な意味が想定されます。あるいは「だっちゅーの」1語で感動詞としても良いような気もします。その場合は「感動」「呼びかけ」「応答」「かけ声」「挨拶」などの意味の可能性が挙がりますが、所詮はギャグなのであんまり意味はないように思います。

 

そして令和。

村神様

現在はメジャーリーガーとして活躍する元東京ヤクルトスワローズの村上宗隆選手のあだ名です。2022年に流行語となっており、こちらは今でも現役でインターネット上で散見されています。ただの名詞です。そして一部のファンしか使っていません。というかほぼネット・スラングです。

 

以上、とりあえず目についたギャグ流行語・流行歌をいくつか挙げてみたわけではありますが、

・・・なんか、ねぇ。

日本語の衰退というか、日本人としての心の衰退、情操の亡失を感じませんかね。ここらへんで雅を感じる、何か日本人としての心を見られる流行語は出てこないもんなんですかね。

芸能人とか有名人の皆さん、なんとかしましょうよこの状況。日本語を正しく使って、日本人らしさを感じる流行語を生み出してほしいんだっちゅーの。