関東地方最大の河川、利根川。またの名を坂東太郎と呼び、日本三大暴れ川の1つです。流域面積日本一、と習ったと思います。
その利根川ですが、現在は群馬県から千葉県の銚子に注いでいますが、江戸時代以前は全く違っていました。
江戸時代以前は、東京湾に注いでいたのです。
江戸時代初期、「利根川東遷事業」が江戸幕府によって行われました。水害の防止や新田開発、物流のための水運開発の目的がありました。
これ、江戸時代ですから当然人の手によって行われたわけです。国土交通省が公式HPでかなり詳しく説明しているんですけれども、昔は荒川と利根川が埼玉県の越谷あたりで合流して東京湾に注いでいました。すると急に流量が増えることになるので、水害が起こりやすくなっていたわけです。
西の荒川、東の利根川、これを江戸幕府はしっかり分けてしまった方が良いと判断したわけです。約60年間かけて手作業の工事を行い、利根川は銚子にまで延長されました。これが功を奏し、大湿地帯だった江戸はしっかり干拓もされ、水源も確保でき、農業が著しく発展していったわけです。
なお旧利根川だった部分は今では中川の支流として農業用水路・排水路として活用されています。
江戸時代の人々が頑張って東遷事業をやっていなかったら関東地方の農業はこれほど発展していなかった可能性もありますし、水害の多い地域だからと明治時代以降は首都が別の場所になっていた可能性すらあります。
江戸時代の人々に感謝ですね。