薄っぺらな塾講師ほど「生徒に愛情をもちなさい」「愛情をもって接して」などと言います。
聞いていて恥ずかしいセリフです。百歩譲って学校の先生は毎日生徒と接していますから親代わり、それらを言っても良いと思いますが、営利目的でやっていることを前提とする塾講師がそんなことを言ったところでただの嘘つきです。本気で愛情があるなら営利目的ではなくボランティアで教育を施したら良いんじゃないでしょうかね。
我々塾講師は生徒の親ではありません。愛情を注ぐのは塾講師ではなく保護者のやるべきことだと思います。むしろ保護者のやるべき大切なことを塾講師ごときが奪ってはいけません。立場をきちんと慎むべきです。
なぜ未熟な塾講師こそ愛情という言葉に逃げがちなのかというと、確かな実力も経験もないわけなので、目に見えない、誰にも測れないものに依存するしかないわけです。それを自分の武器と思い込むことで自分を正当化し、果てはほかの塾講師にも吹聴して居場所を確認するしかないわけです。
とりあえず愛情とか言っておけば器が大きい感じには見えますもんね。ああ、じつ薄っぺらい。
愛情という言葉を軽々しく使う塾講師は卑劣な偽物です。
もし本気で正しいと思って使っているならば、生徒との距離感がバグっている犯罪者予備軍じゃないでしょうかね。一線超えてしまっている塾講師には危うきに近寄らず。たまに捕まってますよね実際そういうの。
では塾講師はどうあるべきかというと、それは確かな授業ができて、確かな成績を残せて、人を集められる存在です。そしてもちろん、公共の福祉を常に考えられる存在だと思います。
塾講師って生徒の学習をできるようにすること、入試を無事突破させることが最大の仕事ですから。それができることがやっぱり一番なんです。
口先、小手先の塾講師にうっかり騙されないようにしましょう。