織田信長は愛知の出身ですが、なぜか拠点を滋賀の安土城としています。
滋賀は内陸ですから、海沿いの愛知の方が利便性が良いじゃないか、わざわざなんで? と思うかもしれませんが理由があります。
琵琶湖は当時、東西の物流の要でした。江戸時代の物流で、東回り航路、西回り航路などを習ったと思いますが、あれって琵琶湖が中心だったでしょ。それは室町時代くらいから原型が作られはじめています。
織田信長は楽市楽座を行ったことで知られていますが、物品の売り買いを活発化させることで経済を回し、自身の経済力を高めることで天下をとる足がかりにしようと考えていました。そのため琵琶湖近くに城を建てた方が立地の面から好都合だったわけです。
なお琵琶湖は琵琶の形に似ているという理由から琵琶湖という名称がつきました。それまではなんと呼ばれていたかというと、「近江(おうみ)」「淡海(おおみ)」です。「近江」は江戸時代で「近江国」として名称が引き継がれ、現在でも近江八幡市がありますよね。
それだけ琵琶湖はあの地域の象徴的存在であるというわけです。
ちなみに安土城は1582年に原因不明の失火で焼失してしまいました。織田信長が死亡した本能寺の変の数日後です。安土城はその正確な図面が現存しておらず、外観の絵画資料は残っているため復元に向けた動きはあるものの現代の建築基準に満たない構造であることも重なり再建されないままです。おそらく今後も費用面などを鑑みても現物の復元は無理だと思います。
滋賀県では2026年に築城450周年となることからデジタル復元を試みているようです。構想ではスマートフォンなどで手軽に見られる資料を目指しているそうです。しかし20年かけて大調査を行ったものの、わかったのは「金箔が貼られた瓦」「シャチホコの破片」「崩落してしまった石垣の残骸」くらいのもので、やはりほぼ復元不能状態。
安土城というと一般的に想像する日本の城のイメージを作った代表的存在。キリスト教宣教師もその荘厳さに驚いたという話も残っているくらいの、今でも残っていたら超級美術品です。復元される日は来るのでしょうか。今後新しい発見があれば、ひょっとしたら。