たとえば、「元寇」という出来事があります。
元寇とは鎌倉時代に、元軍が2度にわたって日本に攻めてきた出来事を指します。
1274年の文永の役と1281年の弘安の役を習ったと思います。
これにより鎌倉時代における封建制度(将軍・御家人の間のご恩と奉公の話ですね)が崩壊、
鎌倉幕府が滅んだきっかけとして扱われている学習です。
「てつはう」「集団戦法」などの様子が描かれた絵画資料も有名です。
小学校・中学校の学習ではせいぜいこれしか習いません。
もしかすると出来事のみを表面上で教わって、それだけのものという認識の方もいるかもしれません。
ですが日本の歴史において元寇はもっと深い意味があります。
元軍は当時世界最強の軍とされており、アジアで大暴れしていました。
ミャンマーやベトナムにも攻め込んでいます。高麗も元の傘下にされてしまったほどですので、いかに元軍の戦闘力が優れていたのかがわかります。
その元軍が日本にも攻めてきたわけです。国家存亡の危機だったはずです。
皇帝クビライは日本の金を当てにしていたという史料も残っていますので、へたすれば日本人を奴隷にしていたかもしれません。
九州の武士が活躍しなかったならば、もしかしたら今の日本はなく別の国になっていた可能性すらあります。
ちなみにあの有名な絵画資料では日本側が劣勢である様子が描かれていますが、
日本が劣勢だったのはたぶんあの陸戦の瞬間だけです。あの絵ははじめに攻め込まれた様子が描かれたものです。
その後日本の武士は元軍を終始圧倒、陸戦でも海戦でも元軍を逃げ帰らせ、見事国を守り切ったわけです。
なお神風が吹いたという表現が用いられますが、あれは実は海戦をあえて長引かせ、台風の時期まで持ちこたえた地の利の勝利です。
外国人との本格的な戦闘はほぼ初めてだったはずですが、当時の日本人は知恵を駆使し無事やり過ごすことに成功しました。
というふうに、日本の武士に高い戦闘力と知識、そして忠誠心があったからこその勝利なのですが、
勝った相手が元ですから、土地を手に入れることはできませんでした。
鎌倉幕府もきちんと恩賞を与えることができず、つらかったと思います。
そしてご恩と奉公の崩壊に・・・というお話につながります。
ここで気づいたと思います。
これらのバックボーンを習うと、元寇という出来事がいかに歴史的に重要な出来事であるかが理解できるわけです。
ですが、単なる知識として処理されてしまい、たいていの人はその重要性を理解していません。
そもそも教科書でも資料集でも扱っていない内容ですから、指導要領上では「そこまで知らなくてもいい」という扱いにされてしまっているわけです。
それを生徒に説明できるかどうかが、先生としてのウデになるわけです。
もちろん授業に使用できる時間には限界がありますので、どれもこれもこんなに細かく説明できません。
それを先生の裁量で、どれだけ学習として盛り込めるか。
そのバランスを考えるのが社会を教える先生の使命です。
ベテランになってくると、だいたい感覚的にそのバランスがわかるようになってきます。
ですが若い先生の場合は、自分も1コマの授業のための事前の学習を130パーセントくらいの感覚で行ってください。
センスだけでは教えられないのが社会、ということを念頭に置いてほしいです。