勉強をしていると、誰しも一度は考えたことがあると思います。
「これ、将来役に立つ勉強なのかな・・・?」
ずばり、立ちます。
実は私も恥ずかしながら、中学生の頃は国語の古典、社会の世界地理分野は将来全く役に立たないものだろうと思い敬遠をしていたクチでした。
しかし大学生時代に思い知りました。
古典は研究分野の先行文献を読むために読解力が必要でしたし、
世界地理も日本の現状と比較するため、また日本が置かれている状態を把握するために知識が必要でした。
義務教育は本当によく考えられて学習内容が作られています。
中には本当は必要のない学習もあるかもしれませんが、
そのほとんどはきちんと大人になってから、あるいは大人になるための課程の中で必要になってきます。
まわりを見渡してみてください。
たとえば日本は世界を見渡しても高度なインフラを持つ国ですが、
皆さんが毎日使っている道路、あれは科学の結晶です。
通行する人々がどれくらいいるか、これは社会学・統計学ですし、
道を作る場合は材料、入手経路、これは地理学・地政学・貿易ですし、
そこを通る車は物理学・流通学です。機械であると捉えれば原材料はもっと多くの学問から成り立っています。
ものごとはすべて学問と切っても切り離せない関係にあります。
学問が関係しないものなどこの世にどこにも存在し得ません。
かの福沢諭吉も、学問が国の発展に寄与することを言っていましたよ。
昔の人も気づいていたわけですから、現代人が認識できないのはおかしな話です。
たまに「勉強なんて必要ない」と本気で言っている大人もいますが、
それはあまりに勉強しなすぎたことが原因で、勉強が日常に活かされていると認識できていないか、
あるいは虚勢だと思います。
そんな大人の言うことを鵜呑みにしていたら、将来が閉ざされてしまいます。
あなたの来ている服も、そのスマホも、その家も、何かしらの学問によって成立して出来上がったものなんですからね。
とはいえ、子どもの頃はどうしても将来が想像しにくいため、
今やっている勉強が本当に意味があるのか考えてしまうのも無理はありません。
そういうときは、大人が、正しい認識と知識を持って教えてあげるべきなのです。